更新日:2016年11月28日





CFF
クリスチャンライフと教会

Church for free prayer from one of sheep in Christ



「キリストの1匹の羊からの自由な祈りのための教会」を目指して
すべての人の自由な祈りのために

−Pray first freely. Without what type of borders.−

EXODOS〜カルト化した教会や信仰という名の虐待からの脱出支援ページ

小倉福音センター


自由な祈りのために

教会のカルト化をこの世代で終わらせるために





キリストは、自由を得させるために、
私たちを解放してくださいました。
(新約聖書ガラテヤ書5章1節)

だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、
その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。
(新約聖書ヨハネの福音書7章37〜39節)

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。
あなたがたを休ませてあげよう。
わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。
(新約聖書マタイの福音書11章28〜30節 口語訳)




「祈りと信仰は、誰でもすぐに得られる、自由で個人的な神様とのつながり」
「祈りのシェルターを、どんな場所でもどんな場合でも張れるように、キリストとの確かな交わりの絆を持ちましょう」
この視点から、記事を書いています。



こんな教会や教職者が数多く存在します。
人生に問題が起きた原因を『罪』の一言で片づけて、問題への対応も探求もせず、痛みを放置し、
誰にでもありがちな行き違いや人の弱ささえ、理解せず寄り添わず、
ただ聖書解釈や伝道や賛美の形を教え、決まった祈りを繰り返す牧師や教会です。
こんな教会や牧師は、絶対に信用してはいけませんが、
そこでも福音に触ることができ、キリストに出会うことができます。
しかし、彼らに助けを求めるべきではなく、彼らを避け、他に信仰の道を探すべきです。

ここで特に取り上げる問題は、福音派・聖霊派(カリスマ派・ペンテコステ派)、聖書信仰、リバイバル信仰と呼ばれるキリスト教信仰の立場のことです。

様々に傷ついた人格は、生活の些細なことにさえ強いストレスを覚えたりします。個人生活・社会生活・人間関係を普通に過ごしたい願いがあります。

健全な生活の回復を望んで祈る所に、キリストが「永遠に変わらない赦し」を教え、伴い、成長や変化をを導いてくださいます。「縛り」からの解放を目指し、葛藤し祈り進む日々に。


キリスト教会の虐待問題の背景として、互いの痛みや経験を過去のものとしてしまい、人格的成長のない独善的な使命感や清さといった自意識に皆でおぼれ、そこに自覚のない精神的束縛があります。


どの教会にも、どこの人間関係にもある人の罪として、思い通りに関係を支配したい欲望が起こります。
罪の自覚と悔い改めの無い人間関係には、さまざまなハラスメントや抑圧的支配が起きますが、上下関係の厳しい特殊な関係性の中では罪が正当化されてしまいます。

特に優越的執着的な目的意識や使命感が強い組織では、無警戒に人間関係に依存すると、気づかない内に「信頼の名を借りた束縛」を受け入れてしまうことがあります。いつの間にか発想やことばの自由を失い、支配のピラミッド構造の一部に組み込まれてしまうと、組織外の人への共感を失っていきます。その期間が長いほど、解放されるまでが大変です。

その傷からの回復は、神の前の自由と、広く社会性を持つような互いに赦しのある絆・伴いの回復です。
クリスチャンであるなら、内面に感じた痛みをそのまま祈り告白し整理して、客観的に自分を見る作業があります。
ゆるせなかった問題が自分の中にもあることを気づき、教会の外でも多くの人がその自覚と受容の中で生きていることに気づきます。
この中で社会の他の痛みへの視座が生まれることで、客観化がさらに進みます。


本来、教会は愛と友情の中で、罪の自覚のあるお互いが低い立ち位置から気づきを促し合う関係を持つはずなのですが、最近は個人の罪意識よりも、神来の清さや使命感を自称するリーダー牧師を戴き、心酔し服従する形態の教会が増えてきています。リーダー牧師のやり方による繁栄・勢力拡大信仰への一致を呼びかけていて、世界的にはメガチャーチと呼ばれる教会が出現しています。しかし、個人で探求する本来の信仰との違いが指摘されており、金銭横領が告発されたり、虐待事件が起きています。

問題の記事化は、教会や信仰がカルト化しないようにする予防と、脱出法にもつながります。



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執筆者プロフィール   信仰告白


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